【東大卒業生 インタビュー】 新しい食育で子どもを救う!『異才発掘プロジェクト:ROCKET』福本理恵さんが語る食の力  ←第15回語る会 食企画へご参加いただきます!!

「食育」というと、どのようなイメージが思い浮かびますか? たんぱく質の豊富な食材はこれ、1日に必要な野菜はこれくらい—学校の授業ではそんなことを教わってきたでしょうか。

第15回東大卒業生と語る会・食企画にお越しになる卒業生の1人、福本理恵さんが取り組むのは、今までとは全く違う食をツールとした教育。福本さんのお話から、食の持つ大きな力と教育の未来像が見えてきました!

※今回インタビューさせていただいた福本理恵様には5月13日(日)開催の「第15回 東大卒業生語る会 食企画」へお越しいただきます!(食企画の詳細・お申し込みはこちら

福本様 お写真

Profile

福本 理恵(ふくもとりえ)

1981年生まれ。東京大学先端科学技術研究センターの交流研究員を経て、東京大学大学院博士課程に進学。心のメカニズムを探るべく認知能力(モノの捉え方) についての研究をするも、自身の体調を崩したことをきっかけに、日々の食の重要性を再確認する。「豊かな心は、楽しい食卓から」をモットーに、「種から育てる子ども料理教室」のカリキュラム作成および運営に携わる。2014年からは東京大 学先端科学技術研究センターにて、農と食から教科を学ぶ「Life Seed Labo」を企画、2014年秋にスタートする「異才発掘プロジェクト:ROCKET」のプロジェクトリーダーとしてカリキュラム開発に携わる。
種から育てる子ども料理教室:http://kodomoseed.blogspot.jp/
Life Seed Labo:http://doit-japan.org/lifeseedlabo/
異才発掘プロジェクトROCKEThttps://rocket.tokyo/

 

食は「生きる力」を養う絶好の教材

—福本さんは現在、“学校からはみ出した”小中学生対象の教育プログラム『異才発掘プロジェクト:ROCKET』のプロジェクトリーダーとしてその運営やプログラム開発をしていらっしゃるそうですね。ROCKETのカリキュラムに含まれているという食に関する授業について、詳しく教えてください。

はい、生徒は「解剖して食す」という授業を一番最初に受けます。例えば、いろんな種類のイカとハサミ・まな板・白い食器だけ渡して、「イカスミのパエリアを作ってください」とか。

—レシピも何もなく? 生徒たちが、イカスミのパエリアってこういうのだったなっていうイメージを元にそれに近づけていくということですか。

そう。普通の家庭科の授業だったら、時間枠があって材料もレシピも盛り付け方も教えられて、そこに近づけないといけないっていうのがゴールになっちゃうけど、ROCKETではミッションをこなすことが目的ではない。目的は、自分の納得のできる一皿に仕上げるために、「技術が追いついてないからこの方法はやめてこっちのやり方にしよう」とか、予定に変更を加えながら決断と実行を繰り返すこと。

それって人生も同じです。こうしたらこういう職業に就けますよとか別にないじゃないですか。何が起こるかわからないし、アクシデントが起こった時どう捉え直して選択肢に変更を加えていくかの連続で自分のなりたいものに近づけていく。それを模した形で「解剖して食す」という授業をやってるんですよ。

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—正解に自分を近づけるのではなく、自分の価値基準の形成に目を向けた教育をしたいと思ったきっかけはありますか?

結局、お母さんたちは子育てのマニュアル本を探してしまっているし、子供もすぐに「どうしたらいいですか」って聞くような思考になっている。どうしたらいいかはあなたの人生だから、それを考えるための材料を選んでいって、選択肢を並べて、それで行こうってあなたが決断しないといけないことなのに、みんな他人に人生を委ねようとする。そこに違和感を覚えたのが始まりです。

—福本さんの運営する子ども向け料理教室Life Seed Labでも、自分の中に判断基準を養うことを重視した教育を行っていらっしゃいますね。

Life Seed Labで、オリジナルのドレッシングを作りなさいという課題を出したことがあるんです。油と水の比率など、ドレッシングを作るための基本的な知識だけ教えて、原料は自由ってすると、一気に実験が始まるの。甘み一つとっても、はちみつもあればグラニュー糖もあって、それぞれ風味が違うし、子供たちの好みも違うんです。大人っぽい甘みが好きな子もいれば、キャンディーみたいな甘みが好きな子もいる。そういう好きか嫌いかっていう感覚の違いを探ることで初めて、自分の中で基準を決めることができるんですよね。Life Seed Labではドレッシングを作るという作業を通して、子どもたちが五感に基づいた判断基準を作っていく。

そういうことだなと思って、人生って。それぞれの要素をちょっとずつ試しながら、感覚のレベルで好きだと思うことが出てくるだとか。それは実験しないと、頭で考えていても分からないことです。そういう感覚の基準ができて初めて、知識に基づいて選ぶこともできるようになるのに、今の教育ってそういう試しをまずさせてくれないんです。実験をきちんとやりながら自分の判断基準を作っていく教育ができればすごく面白いと思っています。

 

「今日のごはんおいしかった」が幸せを作る

—大学では教育学を、大学院では心理学を学ばれていたそうですね。その後食育に関わるようになった経緯を教えてください。

教育学部時代は、一斉授業をする中でクラスで浮いてる子たちがどうしても気になっちゃって。その子らはどういう家庭で育ってるんだろうとかね。一斉授業をやってると、気になっているのに置いてかないといけなくて、その状況がすごく心苦しくて。その時の思いが今関わるROCKETの活動に繋がっているんじゃないかと感じます。

大学院では一時期、自閉症の子たちを対象に研究していたんですが、そこで痛感したのは世界の見え方が本当に人によって全く違うということ。だからこそ学校の中で一律に刺激を受けても違うように反応してパニックを起こしちゃうって子がいると分かった。

そうやって、学部時代に抱いた思いに対して自分の中でなんとなく答えは出たんですが、それが世の中を変えるにはものすごく時間がかかることだなって思って。そうこうしてるうちに、目の前の人をもっと幸せにする方法って簡単にあるはずなのに。例えば一緒にご飯を食べて笑うとか、美味しかった〜って思うとかね。私もちょっと体を壊していたこともあって、食で教育を考えると自分も楽しいしダイレクトに人を幸せにできるんじゃないかと、思い切って研究から離れて食の世界に入りました。

—そこで食の道を選んだことには、ご自身のどのようなバックグラウンドが影響しているんでしょうか?

もともと料理が好きだったんです。うちの母は忙しくて帰ってくるのが遅かった。その中で、私が家族との楽しい時間を作れる仕事って料理を作ることだったんですね。それが多分じわじわ効いていて、大学を選ぶ時も食の専門学校に行きたいって言ったことがあるほど、食を使って何かしたいという思いはずっとありました。

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—どのような学生時代を過ごされたのか、教えていただけますか。

私不登校だったのね。中学くらいから、なんか行く意味がわからなくて。別にいじめられていたわけではないし楽しくなかったわけでもないんだけど。

だから中学の時くらいから休み癖が結構付いていて、大学も割と休んでいた気がします。じゃあ何するって言うと家で料理したりとか。でもそれって別に学んでいなかったわけではなくて、授業は受けてないけど自分で料理の実験をしたり、美味しいお店を探してなんでおいしいのか考えて自分の視点を養ったりしていた。

大学の授業はすごく高度な内容になってくるけど、高度になりすぎると地に足をつけたところまで落とせなかったりするじゃないですか。私の場合は日常生活と知識を結びつけることが好きだったし、そこが今のカリキュラム開発の仕事にもつながっている気がします。

—当時の福本さんご自身が今関わっていらっしゃる小中学生に近い感覚を持っていたのかもしれませんね。

 

食べたさがヒトを「人間」にした—無限大な食の力

—小中学生と接する中で、食の持つ役割の変化をお感じになりますか?

最近の子供達ってスマホがあるから一人でも楽しくご飯が食べられる。だけど会話が全然できないのね。みんなでご飯を食べる場面でも、静かに食べていたり、聞かれたことに対して「はい」「いいえ」とかピンポイントな会話しかできなくなっている。食事すること自体が会話を楽しく続けたり知識を交換したりする場としてあったのに、その役割が結構なくなってきていると感じています。

—コミュニケーションの場としての役割が弱まってきているんですね。ではご自身についてはどうでしょうか。特に食に携わる前後で、ご自身の食に対する考え方が変わったという感覚はありますか?

食はすべてのものをつなげるなって言う感覚がすごく強くなりましたね。教材としてだけじゃなく、人との繋がりもそう。違う業種の人と話をしても、食がベースにあると話がどんどん広がっていく。例えば「今日の天気いいですね」って言うのは、天気が人類にとって普遍的なものだからでしょ。それと同じように食も普遍的なことだから、どういう分野に行っても盛り上がるし、どこの国に行っても盛り上がる。

そもそも人って食べることで進化してきたんだなって思っているんですよ。火を起こして生食ではなく加工食を食べられるようになって、脳が肥大化していった。だから食の進化イコール技術の進化ってことだし、狩猟も協働しないとできないことだから、食べたいがために社会性は発達してきたということ。だから食って全てに関わっているなと思って。

—食の利用可能性って無限大ですよね。そこが食に携わる面白さの1つだと思うのですが、他にも福本さんの考える食に関わることの魅力があれば教えてください。

「幸せ」ですかね。

今年、ROCKETの子供たちに「最高のおぼろ昆布」を作れっていうミッションを出してるんです。そうしたら実際におぼろ昆布取りにいってみようとか、おぼろ昆布の職人さんに習ってみようとかなりますよね。そうすると「昆布とワカメってどう違うのかな」とか、「昆布ってどう取るのかな」とか、自分の知らないことをどんどん発見していって、どんどん面白くなっていく。しかもそれが自分の世界に取り入れやすいのね。最終的に「昆布ってすごい」という見方が日常に入るようになって昆布に愛着が湧いて、じゃあ今日はパックじゃなくて昆布で出汁を取ってみようかっていう生活に変わっていくと、生活自体がすごく豊かになる。

そういう面白さを気軽に手に入れられるのが食だと思います。ロボット作ろうと思っても、資金や技術がないと出来ないけど、食って全てのハードルが低い。金額的に見ても、いくら高級な肉って言っても100グラム2,000円とかだし。だから思い切ったことが出来るし、日々のちょっとした楽しみの幅を増やしながらいろんな可能性を広げてくれるっていうのが食の強みだと思いますね。

—最後に、大学生へのメッセージをお願いします!

 

まずいろんな人といろんな話をしながら、面白いと思ったことを自分で実際にやってみる。多くの大学生は実行力が足りない気がするんですよ。面白いなと思ったら「いいですね」って言うけどやりはしないのね。

「いいですね」じゃなくてやってみなよ、と。本当に何かいい考えがあった時に共感するだけじゃなくて、一歩踏み出す勇気と、その一歩を引き出す好奇心、最後までやりきる努力、その三つを大事にしながら生きていくと、自分のやりたかったこととか、共感を受けたものが自分でできるようになっていく。ぜひそのステージに踏み出してほしいなと思います。

—貴重なお話をありがとうございました!

 

福本さんにお話しいただいたプログラムの数々は、自分もこんな教育受けてみたかった…!と心底思うほどどれも面白そうでした。

今回お話を伺った福本理恵さんは、5/13(日)の第15回東大卒業生と語る会・食企画に参加されます!

福本さんに直接お話を聞いてみたい方はぜひお越しください。

 

□企画概要

【日時】2018年5月13日(日)14時〜17時

【場所】東京大学駒場キャンパス 21KOMCEE WEST

※参加無料・服装自由・途中入退場自由 

詳細・お申し込みはこちら


同じく、本企画にお越し下さる株式会社コンプの鈴木優太様にもインタビューをさせていただきました!こちらからどうぞ

プロ棋士を目指したはずが政治家に!?−東京都議会議員鈴木邦和さんインタビュー

東大ドリームネットの元代表であり、現在は東京都議会議員の鈴木邦和さん。

入ってすぐに大学に行くモチベーションを失い、その後の7年間(!?)の大学生活を経て、見えてきた「本当にやりたいこと」とは?

「将棋のプロ棋士」を目指した青年が「政治家」になるまでのキャリアに迫りました。

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プロフィール:鈴木邦和(すずきくにかず). 1989年生 東京大学工学部卒. 在学中に東北の支援団体や政治メディア会社を起業. 2013年 東大総長大賞 団体受賞. 2016年 米フォーブス誌 30 under 30 in Asia. 2017年 東京都議会議員に選出. 2018年 世界経済フォーラム Global Shapers.

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将棋のプロ棋士になりたかった

 

−まず、簡単な自己紹介をお願いします。

鈴木邦和です。現在は都民ファーストの会に所属していて、127名からなる東京都議会の議員をやっています。

−議員さんなんですね

はい、東京都のいろんな政策を考えて提案したり、決定したりするというのが主な仕事です。

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−最初から政治家になるおつもりだったんですか?

いいえ、実は大学に入った時は将棋のプロ棋士になりたかったんです

−将棋の棋士?

はい、高校時代ずっと将棋に打ち込んでいて、全国大会にも何度か出場していたんですけど、全国では中々勝てなくて・・・それで、東大の将棋部ってめちゃくちゃ強いんで、東大の将棋部に入りたかった。

 

−じゃあ、将棋一筋の大学生活だったんですか?

いや、それが大学に入った後に、僕は大した将棋の才能がなくて一年の春にやめちゃったんです

−一年の春って、すごく急ですね…。どうしてやめちゃったんですか?

いちばん重要な才能は情熱なんですよね将棋にどれだけ自分の人生をかけられるかが問題で…。大学の将棋部には、僕よりもずっと真剣に将棋と向き合っている人たちが沢山いました。それを見て僕には無理だなと。

そうすると大学に行く目的がなくなっちゃった。これ本当なんです。

将棋をやめてから大学があまり好きになれなくて、

結局7年いたのかな、留年と休学を繰り返してますけど笑

 

7年…! なんで大学が好きじゃなかったんですか?

うーん…。その時の自分にとっては、大学で学びたいことが見つからなかったんです。

−学びたいことが見つからない?

話が前後するんですけど、僕、大学時代に一人で小さなメディアの会社を起業したんです。

起業してから改めて痛感したのは、社会で戦っていくために東大生の肩書き自体は、あまり価値がないのかもなーということです。

東大に入る学力があるということは少し意味があるかも知れないけど、実はその時点でもう終わっていて。東大生という肩書きで起業に成功するわけではないので、そういう意味で僕にはむしろ煩わしかった。

授業の内容になかなか興味が持てなかったし、将棋をやめてから本当に目標がなくなってしまいました

 

−大学に行く意味が見出せなかったんですね…。

そうですね。でも、最終的には研究室の先生に救われました。科目の勉強はどうしても身が入らなかったけど、研究は、誰もやっていないことにチャレンジして、0.0001ミリでも人類の前進に貢献できたのが嬉しかった。

研究室では、先生・先輩たちと多くの議論を交わして、仮設と検証を繰り返して結果を求めていく方法とか、学ぶものがたくさんありました。僕が大学を卒業できたのは、ひとえに研究室の先生が最後まで諦めずに指導してくださったおかげなんです。先生がいなかったら間違いなく中退していました。

でも、研究室に入る前の僕にとっては、大学の勉強は順番が逆なんじゃないかと思っていて、「科目の勉強なんて最初にやっても興味持てないな・・・」と思っていました。

 

転換点としての交流会

 

−将棋のプロになる道を諦め、大学に行くモチベーションを失った鈴木さんにとってターニングポイントはどこだったんですか?

いろんな切っ掛けはありましたが、やっぱり「交流会」は大きかったです。

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−ドリームネットの交流会。具体的にどのようなところがターニングポイントになったんですか?

交流会に参加して面白かったのは、多様な生き方をしている卒業生がいることでした。

なかなか接点ないですよね、普通の大学生活を送っているだけじゃ。それこそ起業している人って僕はほとんど会ったことがなかったし、起業っていう選択肢がそもそも自分の中になかった。

一度自分の目標としていたものを失って挫折して。でもその後に、交流会でものすごい沢山の選択肢を見せられて、しかもみんな魅力的だった

それは自分にとって大きな転換点になりました。さっきの研究室の先生もそうですが、僕は卒業生たちにも本当に救われたんです。将棋で挫折して腐っていた自分に、新しい生き方を見せてくれた。

120人以上もの多様な分野の第一線で活躍する社会人と、損得抜きに、気軽に、しかも本気で将来について議論できるのは交流会の魅力ですよね。

うん、交流会で卒業生たちと出会ってなければ、僕はたぶん起業もしていないし、政治家にもなっていない。東北の復興支援も続けられなかったと思います。その過程で、一生付き合える本当にいい仲間にも恵まれました。

 

前例がないなら、自分で作る

 

−先ほどからお話に出てる起業についてお伺いしたいのですが、どのような経緯があったんですか?

僕はもともと政治に興味はなかったんですけど、東北の震災があった時に、現地にずっとボランティアに行っていました。

それで、その時に初めていろんな政治の問題に当たったんですね。災害支援のボランティアを続ける中で、政治がもっとうまく機能すれば現場の人は救われるという場面をたくさん目にしました。

−どのようなエピソードがあったのでしょうか?

例えば、震災から1年後に仙台に行った時、駅前にパチンコ屋がめちゃくちゃ立っていました。あの時期は東北各地から仙台に移って来た被災者の方々がたくさんいたんです。それで、国から補償金は出ているんだけど、仕事はないんで、昼間っからパチンコにそのお金を費やしちゃう。これは別に被災者の方々が悪い訳じゃなくて、もっと社会の構造的な問題なんだと思います。

それでも、当時の自分にとってはショックでした。自分は東京から来て、仙台を通り越して石巻でボランティアをやっているのに「なんでだ…」みたいな笑。「どうしてこういうことが起こってしまうんだろう」っていうのを考えさせられて、それで政治に興味を持ったわけです。22歳の時かな。

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−政治が良いと思って打った政策が現場では機能していなかった、ということですね。その問題意識からどのように進路が変わったのでしょうか?

当時は、企業に就職することも真剣に考えました。でも、せっかく芽生えた思いがあるなら、政治の分野でできる仕事をしたいなって思って、政治のメディア会社を起業しました。

−政治のメディア?

投票マッチングっていうシステムを中核にしたメディアです。

日本の選挙って、ポスターが街中に貼られて、選挙カーで名前を候補者がよく連呼していたりするじゃないですか。正直うるさいですよね。僕も今回やったんですけど笑

ただそれだけじゃやっぱり伝わってこないないわけです。特に政策がわからない。それで、各政党のマニフェストを読んでみるんだけど、有権者からするとなかなか難しくて比べられないんですよ。誰よりも僕自身がそうだった。

だから各政党のマニフェストをもとに選挙の争点を20個設定して、それらの争点に関する20の質問を公開しました。ユーザーがその20問について賛否を答えていくと、その人に政策的に一番近い政党を紹介するっていうサービスです。

その時は衆院選で50万人くらいの人が使ってくれました。

 

−50万人!かなり反響があったんですね。

その後の僕の問題意識としては、投票って年に一回名前書いて終わりだなと。そうじゃなくてもっとリアルタイムで有権者が政治に声を反映させる仕組みを作りたいなと。

例えば、パリだと市民が毎年行政に事業を提案して、市民の投票によって行政の事業を決めるっていう仕組みがあります。この仕組を市の予算の1-5%の範囲でやっているんです。ものすごく画期的ですよね。

−ITによって市民の意見が直接行政の事業に反映されるって、とても面白い取り組みですね。

こういう海外のオープンガバメントの事例を日本で持ってこようと思って、起業してから議員や役所の方々に提案してきたんですが、やっぱり日本では前例がないってことで最後は断られてしまいました。だったら自分で前例を作ろうと思って

2016年に小池都知事が就任してから「情報公開」を第一に掲げていました。。東京というITの普及率が高い場所で、知事がそういう旗を振っているのであれば、僕の問題意識も形にできるかなと思って、いろいろ悩んだ末に立候補することを決めました。

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−自分で事例を作ろうという感じで議員になって、で、実際に前例を作っちゃったという訳ですか?

東京には1370万の人がいますよね。でも、議員は127人しかいない。その中で議員が都民全員の声を聞けるかっていうと、当然聞けない。物理的に不可能です。

でも、いまの時代はITを使えば、直接会えなくても、もっと丁寧に都民のニーズを拾って、それを政策に反映することが出来るんじゃないかって。

そして、今年、パリ市の事例をなんと小池知事が東京都で採用したんです。東京都でも年間10億円近い枠の中で、都民が提案する事業を受け付けています。それを公開して都民の投票で決めてもらうと。ちょうど今日(取材日:2017年12月22日)が投票最終日なんです。

-そうなんですか!全然知らなかった!

行政の事業はPRが結構難しいので、今後の課題ですね笑。

だから、僕としてはこういう新しい行政のあり方、政治のあり方の先進事例を作って、多くの人に広めていきたいなと思います。

テクノロジーで政治を変えたい。できれば東京から新しい政治のモデルを出していっていろんな自治体に普及させていきたい。そういう想いで仕事に取り組んでいます。

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最近だとモスクワが凄いんです。モスクワ市の市長は毎週市民にアプリで政策の質問をしています。例えば「新たに公園をつくるんだけど、どんな施設や遊具がほしいか」みたいな質問。それに市民が4択で答えて、その結果を基に市長が政策決定して実現するんです。いまモスクワ市民の20%がアクティブユーザーだそうです。4年に1回、人の名前書いて終わりの選挙より、よほど民意を丁寧に反映しています。かつて世界一の社会主義国の首都だった街が、東京の遥かに先を走っている。

世界を見ていても、僕はやっぱりこれから21世紀の民主主義をリードするのは都市だと思っているので、そういう意味でも東京都の議員としてできることはあるなと。

−都市からテクノロジーで政治を変えていく、お仕事の裏にあるアツい想いがひしひしと伝わってきました。

 

考え続けること、行動すること

 

−この記事を読んでいる学生の中でも、鈴木さんがそうだったように、進路に悩んでいる東大生がたくさんいると思います。学生に向けて何かメッセージはありますか。

シンプルだけど、自分で仕事を選ぶということをした方がいいと思います。

 

−「自分で仕事を選ぶ」?一見みんな自分で仕事を選んでるように思えるのですが…。

自分もそうだったのですが、実は東大生であるがゆえに、むしろ視野を狭めてしまうことがあって

東大だからこそ選びやすいキャリアもあるんだけど、実は思考停止して選んでいる可能性もあるんです。例えば、東大の法学部に入ったら弁護士や官僚になる人がやたら多いですよね。それ自体は全く悪いことではないのですが、キャリアを選ぶ上で「東大法学部卒」という要素に囚われすぎて、それ以外の自分の要素から目を背けてしまっているケースがあります。

自分の純粋にやりたいこととか、それをやることが社会に何をもたらすのかとか、そういう事をもっと真剣に考えた方が、最終的にずっといい選択ができる可能性もあるのかなと。

 

−なるほど、この仕事に就きたい!で終わるのではなく、その仕事の先に自分は何をしたいのかというのを、ずっと考え続けるというのが大事なんですね。

そうですね。でも考えるだけではだめです

例えば「人の役にたつ仕事をしたい」ということを学生時代はみんなよく言います。僕もそうでした。でも、役に立つ仕事をただ考えるだけっていうのと、実際現場に出て何か問題に取り組みながら、答えを探していくのとは全然違うんだと思います。

東北で瓦礫撤去をずっと続けるのってしんどいですよ。人の役に立つ仕事ってそんなに単純な構造で出来ていない。格好いい言葉を身に纏うのは簡単だけど、実際に行動しないとエッセンスは見えてこないのかなーと。

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−「考えるだけではだめ」。実際に学生時代にボランティア、起業という経験をされてきた鈴木さんだからこそ、言葉に重みがあります…。

うん、とにかく自分のキャリアの中で「何をしたいか」を常に考えて、実際に行動して突き詰めていくことはすごく大切ですね。

僕の場合だと、やっぱり自分にしかできない仕事をやりたかったんですよね。

でもその「自分じゃないとやれないこと」が、最初から見つかる可能性は限りなく小さい。というか、そもそも自分がそんなに特別な才能を持っている訳ではないから。いろんなことをやって、いろんなとこに行って、たまたま他の人とは違う体験をしてみてようやくほんの少しだけそのヒントが得られるんだと思っています。

ここで偉そうなことを言っていても、僕はいまも全然出来ていないんです。いまでも自分にしか出来ない社会への貢献の方法をずっと模索しています。たぶん一生続くものだし、もしかしたら人生の最後まで見つからないかも知れない。それでも、この生き方のほうが僕にはいい。だから、その最初のきっかけをくれたドリームネットの仲間や卒業生の方々には、本当に心から感謝しているんです。

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思考停止にならないよう、視野を広げ、行動し、軌道修正を重ねていく。その先に初めて見えてくる「やりたいこと」。

将来「やりたいことは何だろう」と考えるだけで、実はそこで思考停止していた筆者の心には、行動や経験に裏打ちされた、鈴木さんの想いが乗った言葉がとても印象に残りました。

 

今回、鈴木さんがインタビュー中に触れてくださった東大ドリームネットの「交流会」が6/16(土)に本郷キャンパスの御殿下ジムナジアムで開催されます!

進路に迷っている方、鈴木さんのように志を持って社会で活躍されている卒業生の話を聞きたい!という方、ぜひお越しください。

 

□企画概要

【日時】2018年6月16日(土)13時~18時 

【場所】東京大学本郷キャンパス御殿下ジムナジアム

参加者:卒業生100名、学生300名程度を予定。

※参加無料・服装自由・途中入退場自由

詳細はこちらから→http://todai-dream-net.com/2018/01/27/知の創造的摩擦プロジェクト第26回交流会/

お申し込みはこちらから→

PC用 https://www.e-space.ne.jp/careersupport.adm.u-tokyo.ac.jp/event/pc/index.php?m=1&no=cWLtzzN

携帯用 https://www.e-space.ne.jp/careersupport.adm.u-tokyo.ac.jp/event/mobile/personal_entry.php?m=2&no=cWLtzzN

【東大卒業生 インタビュー】 「目指すのは、誰でも健康になれる世界」完全食COMPの生みの親・鈴木優太さんが語る食の未来  ←第15回語る会 食企画へご参加いただきます!!

「完全食」というたべもの、ご存知でしょうか。

ヒトの健康に欠かせない栄養素を理想的に含んだ食品、それが完全食です。

第15回東大卒業生と語る会・食企画にお越しになる卒業生の1人、鈴木優太さんは、そんな完全食の中でもグミタイプやドリンクタイプなど、手軽さに特化した商品を開発・販売する株式会社コンプの代表取締役。完全食ってなんだか非人間的な響きがするけど、実際どのような世界を目指しているんだろう?将来的に完全食だけで生活するような人も増えるのかな?−−という疑問を胸に、鈴木さんにお話を聞いてきました。

※今回インタビューさせていただいた鈴木雄太様には5月13日(日)開催の「第15回 東大卒業生語る会 食企画」へお越しいただきます!(食企画の詳細・お申し込みはこちら

 

鈴木雄太様

Profile

鈴木優太(すずきゆうた)

2007年東京理科大学卒業後、東京大学大学院にて学び、2012年博士号(薬学)取得。株式会社ケミクレアにて働きながら独自に完全食の研究を始め、2015年に株式会社コンプを設立、完全食COMPの開発・販売を行う。誰もが自然に健康になれる世界を目指して現在も奮闘中。

 

「良い食事=おいしいもの」は本当か?

 

–コンプは完全食を作っているメーカーだと聞きました。

私の会社では、極論を言うとそれを食べていれば人が生活することができるという完全食を、手軽に摂れる形にしたCOMPという商品を開発し、販売しています。エンジニアさんとかクリエイターさんとか研究者の中には、食事よりも何かプライオリティ(優先度)の高いやりたいことがあって、そこに夢中になりたいのに、食事しないといけない、健康にならないといけないという悩みを持っている人たちがいる。COMPはそんな悩みを解決する商品です。

 

私、この完全食という言葉を聞いた時に、これは私たちの食に対する認識を改めて問う存在ではないかと感じたんです。栄養摂取という機能に極限まで振り切ったものが出現したことによって、逆に今の食事のあり方を改めて問われる、私たちは今までこういうセグメントにいたんだって初めて気づくというか。

そういう考えは僕の中にもともとありますよ。COMP出した瞬間に、みんながすごくバッシングするんですよ。こんな食生活はいやだ、こんなディストピアな世界望んでないとか。その一方で、すっごくいいねって言ってくれる人もいる。不思議ですよね。

 

みんなそれぞれ食に求めているものが違うということが、COMPの登場で浮き彫りになったということでしょうか?

というより、多様性が浮き彫りになったということですね。みんな「おいしいものが良いに決まってる」って思っていたけど、別にそれより重要なものって他にもあるよねって。

 

今の食品関連の大企業は、おいしさを求めている企業ばかりで、世の中もおいしいものを食べようよってマインドになっているけど、本当にそれって世の中の常識なのか、みんながみんな本当にそう思っているのか、将来的にもそうあり続けるのかって時に、さあどうなんでしょうかと。それが問われるのかな。

 

今は本当の意味でヘルスケアが望まれていると感じます。人々の健康に対する意識が変わってきている。健康維持は栄養、休養、運動から成り立っているんですが、3つの中でも栄養の占める割合が最も大きい。人々はこれまでは健康についてちょっとは意識していたけど、他人事でした。それが近年の生活習慣病の増加や、SNSの発達により自分で情報を集められるようになったことで、変わってきた。健康に対する意識が高まってきたんですよね。

では、今後大手企業もヘルスケアに重点を置く方向に向かっていくのでしょうか?

大手企業の持つブランド力の基底はおいしさにあります。一方で、栄養って入れれば入れるほどおいしさを棄損しちゃうんですよ。そこが結構根深いのかなと思う。健康的な食品が欲しいという顧客のニーズに応じて、食品に様々な栄養素を添加していくと、美味しさは棄損されていく。美味しくなくなった商品から顧客が離れていってしまうのが怖い大手企業は、真に健康的な食品の開発に踏み切れないんじゃないかと思います。

ということは、守るべきブランドのある大手企業は栄養を追求しづらい状況にある。「おいしさありき」で、それを損なわないように栄養を添加する他ないから、ということですね。

それに対して、私の会社コンプは「栄養ありき」で栄養を棄損しないように美味しさを追求していく。栄養食品は美味しいとまではいかなくても、食べられるレベルになった時点で人は買うようになります。このタイミングで大手を超える。逆転がおこるんです。

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完全食COMPが生まれたのは、ゲームと研究が大好きだったから!?

 

鈴木さんの肩書きには「代表取締役」と「開発者」という2つが並んでいますが、経営も開発もやっていらっしゃるということでしょうか?

最近は代表取締役としての経営がメインですね。製品開発は専門の開発者にほぼ任せていて、僕が関わるのは1割程度です。

最初の頃は開発も主に自分でやっていましたけど。家で開発してたんですよ。ブルーシート敷いて、大きな棚を作ってラボにして。

自宅で開発ってすごいですね……! そこが完全食COMPの原点になったと思うのですが、そこに至るまでの経緯が気になります。

もともと東京理科大学でずっと化学をやっていて、修士のときに東大大学院の薬学系研究科に入りました。27歳の時に博士号を取ってその研究室を出てから、医薬化学系メーカーに研究職として入りました。そこでは三年間、工業化のプロセス研究といって、主に設計の完成した医薬品をいかに工場で作るかの研究をしていました。

ここで起業の話が出てくるんですが、もともと好きだったことに没頭したいなって思ったときに、COMPみたいなものが自分にとって必要だったんですよ。当時の世の中に、栄養が優れていてそれだけ食べていればよいっていうものが無かったので、じゃあ自分で作っちゃおうと。試作の粉末だけで三か月間くらい生活したこともありました。

完全食を作り始めてしまうほどに熱中していたことについて、もう少し詳しく教えていただけますか?

熱中していたことは2つあるんです。まず1つ目は、仕事としての石油化学。石油から薬とか機能性材料を精密化学合成で作っていくものです。

2つ目は僕、趣味もあって、ゲーム大好きなんですよ。家に帰ると必ずゲーム機立ち上げて。好きが高じるあまり、自分でゲームプログラミングとか作曲とかして。そりゃ食べてる時間ないですよねって感じ。

趣味のゲームと研究とに没頭したいとなった時、完全食の開発をしようというのは当然の成り行きとして出てきた。

でもその2つにプラス完全食まで開発し始めちゃったら、なんというか、どうするんですか?(笑)

そこなんですよ。そこが超重要な切り口ですね。最初、僕は手段として完全食を開発し始めたんですよ。ただですね、気が付いたら完全食の開発が一番面白くなっちゃった。まず、完全食という概念があるんだってことに驚いて、しかもそれを自分が作ったっていうことにさらに驚きました。カロリーメイトを明らかに超えているやつを作りましたと。

ゲームと石油化学を超えるほど面白かったという完全食の研究の魅力はどこにあったのでしょうか?

まずそもそも日本でそれをやっているのが僕しかいない、パイオニアになっているっていう事実。これは主観的な事実だけど。あとは、完全食を自分で作って試して良いって思って、これを突き詰めていった先に、やっぱり完全食っていう切り口はそもそも果てしないレベルで世の中にインパクトを与えるのではないか、ってなんか武者震いみたいなものがあって。楽しくなっちゃったんですよね。「極めてえ」と。

鈴木様(食) インタビュー

完全食を作り始めたのは具体的にどのタイミングでしたか?

開発し始めたのは会社に入って2年目ぐらいのときです。でもその前から完全食を本質的に目指していましたね、僕は。

実際僕、カロリーメイトばかり食べていてぶっ倒れたんです。倒れたのもその一回だけじゃなくて。他のもいろいろ試したんですよ、干物ばかり食べたりだとか、五穀米ばかり食べたりだとか。基本まあ〇〇だけ食うみたいな感じなんですけど。で、いよいよ苦しくなってきたみたいなのが、完全食に至るまでの僕の30年間の人生の軌跡だったなと思います。

最初に作った完全食は完成までどれくらいの期間がかかりましたか?

プロトタイプを作るまでは1か月くらいですね。だけどくそまずかった。何回か反芻したやつをまた飲まされているみたいな。あと栄養も結構微妙で、やっぱり頭が痛くなったりとか、腹下しちゃったりとか、いろいろあったんですよね。そういうのを全部改善して、ある程度のレベルをクリアしたって思ったのが、その4,5か月後くらいですかね。

今完全食は、ご自身の食生活の中でどれくらの割合を占めているのでしょうか?

なんとなくで計算したらカロリーベースで半分くらいかな。僕、1日3食とかいう概念は持っていなくて、腹減ったら食うっていう。今僕が信じている栄養学に、食事はある程度

分ければ分けるほど良いっていうのがあるので。血糖値を乱高下させず一定に保つことで健康はより増進される、と。

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鈴木さんとコンプが目指す食の未来

 

今回の食企画では、食に関するお仕事の魅力を発見する、というのもテーマの1つなのですが、食に携わること自体の面白さはどこにあるとお考えでしょう?

イノベーションが起こっていない状態で、でもほんとはあるような気がするっていうワクワク感ですね。もっと言うと、ベンチャーがすごい勝てそうな感じ。

今実際に食分野のベンチャーってどうなんですか?

ほとんどないですよ。数えるほどしかない。特に日本のfoodtech系会社の大体は、ロジスティクス(流通)を改善するという関わり方が多い。ほんとに僕たちみたいに、メーカーとしてものを作って販売しているっていうのはないですね。

コンプでは今年2月、ドリンクタイプの完全食『COMP DRINK』の予約販売が始まりました。粉末タイプからグミタイプを経て、新商品はドリンクタイプ。今後コンプが目指す世界観を教えてください。

ドリンクという形は、手軽に栄養をとれるというひとつの完成形であると思います。手軽に食べられるものは、栄養バランスが崩れたものが多いんですが、そこを克服しました。 

今の世の中で、完全食の浸透具合は自分の目標の0.01%。僕、世の中の食事が全部完全食になればいいのにって思ってるんですよ。もちろん、現在のドリンクタイプだけではなく、普通の食事のようなタイプも出ていることが前提ですけどね。

 

理想は栄養について何も考えずに食べていても健康になれる状態です。目的は健康で、栄養は手段です。サイエンス的側面から栄養を理解し、それを選択したい人が選択できる世界にしたい。

例えばiPhoneの無い時代、通信できるのは無線通信に関する知識のある人だけだったでしょ? 今は専門的知識が無くても、だれでも通信できる。それを食でもやりたいと思っています。誰もが健康になれる世界。あらゆる食シーンに栄養が付与される世界。

最後になりますが、学生へのメッセージをお願いします!

学生のみんなが思っているほど斜陽じゃないですよ、食業界は。斜陽じゃないことをしたいんだったらぜひコンプへ。

あと、今後の食の重要な論点のひとつに栄養があると思っているんですよ。栄養がみんなに間違いなく提供される状態、つまりみんなが栄養に関して考える必要がなくなる状態を実現することは、多くの人が不可能だと思っているんですが、実は不可能じゃない。難しいだけ。

結構スタートアップ系の本とか、起業家マインドの本とかで書いてあるんですけど、「誰もが常識だと思っているけれど、自分は非常識だと思っていることを探せ」とか、「みんなが不可能だと思っているけれど、自分はそれをただ難しいだけなんだと思えることを探せ」とかありますよね。栄養の分野って、結構それなんじゃないかなっていうのが僕の考えなんです。

 

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ありがとうございました!

終始なごやかに、時折言葉足らずな筆者の質問をエスパーしてくださいながらお話しいただきました。頂いたグミタイプの完全食『COMP GUMMY』やドリンクタイプの『COMP DRINK』は予想を裏切るおいしさで、 鈴木さんとコンプの目指す将来像も含めて完全食へのイメージがガラッと変わったインタビューでした。

今回お話を伺った鈴木優太さんは、5/13(日)の第15回東大卒業生と語る会・食企画に参加されます!

鈴木さんに直接お話を聞いてみたい方はぜひお越しください!

 

□企画概要

【日時】2018年5月13日(日)14時〜17時

【場所】東京大学駒場キャンパス 21KOMCEE WEST

※参加無料・服装自由・途中入退場自由 

詳細・お申し込みはこちら

同じく本企画にお越し下さる、新しい食育などに携わっていらっしゃる福本理恵さまにもインタビューさせていただきました!
こちらからどうぞ

 

 

膝がガクガクするほど面白いものを作りたいー東大大学院卒、新木さんインタビュー!

 

こんばんは、本日から約2ヶ月に渡ってお送りする「卒業生インタビュー企画」!

ドリームネットでは交流会や語る会などで東大卒業生を数多くお招きしています。

メンバーが卒業生から貴重なお話を伺ってきました!

 

記念すべき第一弾は新木仁士さん!

登壇時

・お名前:新木 仁士さん

・卒業年度:平成25年度

・ご経歴:東京大学大学院卒。2014年株式会社meleapを設立。当初はCTOとして、商業ベースに乗るまでHADOの基本設計や0→1のプロトタイピングを手がける。現在の役職はCAO(Chief Architecture Officer)。チーム設計、採用人事を担当。

 

Twitterでよく見るアレの生みの親…?

 

 

ー新木さんはmeleapで何をなさっているんですか?

現在は採用人事を中心に、組織作り、文化作りに注力しています。また、業界をもっと盛り上げたい、meleapを知って頂きたいという想いからクリエイティブ界隈のコミュニティ活動にも力を入れています。CAOの前は、CTO、つまり最高技術責任者でした。HADOを作るにあたって、要素技術検証から全体設計をし、アプリ・ハード含めてチーム制作で推し進めるなど、HADOを生み出すことに必要なこと全てに取り組んでいました。当時もそうですけど今はより強い想いで、膝がガクガクするほど面白いものを世界中に届けよう、というのを目標にしてやっています。

 

ーどういったきっかけでHADOを作ったのでしょうか?

meleapのビジョン、『膝がガクガク震えるほど面白いサービスを世界中へ届けたい!』が先にあり、このビジョンに沿って事業のアイディア出しをたくさんたくさんしました。例えば他にmeleap設立当初にあったアイデアとしては、空を飛びたいとか、瞬間移動をしたいとか、水中で呼吸をしたいとか。現在の技術、市場状況等を考えてかめはめ波かなと。

例えば瞬間移動は量子テレポーテーションの技術の延長線上でいける気がするけど、移動するには二箇所に機材が必要で片方作るのに何億円かかるんだよ?とか、そもそも何年後に実現できるの?とかなっちゃうんですよ。でも当時は真面目に実現に向けて考えてた。

一方でARを使ってカメラ映像にCGを上乗せすればかめはめ波撃ちあえるんじゃないかと思いました。それとリストバンドをつけて自分の思い通り操作する感じで。目視で見える映像検証、腕の振り方のスキル認証検証などを半年程度取り組み、一人でHADOやるには思っていたよりも簡単にできそう、となったんだけど、複数人でリアルタイムで一緒に楽しむにはどうしたらいいのか、さらに半年ほどデモを行えるようになるまで時間を要しました。

 

(男の…ロマン…)

 

「おかしい」ものは「おかしい」

 

meleapを設立する前は富士通で主に二つの仕事をしていました。

一つはソフトウェア開発の炎上プロジェクトに飛び込んで、ソフトウェアの構成管理中心に問題解決をしていくお仕事。もう一つは修士の頃の経験を生かしてデータマイニングを使ってコンサルチックなサービスに取り組んでいました。例えばサポートセンターに数千件、数万件のQ&Aが届いて、問い合わせの件数は多いけども実施に手がかからないものはSmall start & Quick win でさっさとやっちゃいましょう、件数が少ないけど影響範囲がものすごく大きいものも早い段階から着手しましょう、といったものです。

 

ーどうして富士通をやめて起業なさったんですか?

実は起業は二十歳くらいから考えていました。アルバイト等を通して,うまくサラリーマンやれそうにないなと思ったんです。アルバイトで社員の人にこれやってと言われても、全部「なんで?」って思っちゃうんだよね。腑に落ちないこととか、順序立てて考えるとおかしいって思うことは、おかしいって言ってしまう。

だから自分はサラリーマンよりも自分で物事を考えて面白いことを人生かけてやりたいと思っていたから起業するのがいいと学生の頃から決めていました。そしてワガママだけど日本で起業したかった。日本が大好きだから、生活のベースや拠点は日本にしたくて。だから日本の企業の仕組み(特に意思決定や社内プロセス)がどうなっているのか知りたかったので卒業生して富士通にお世話になりました。今になって思うと申し訳ない気持ちが半分、懐がめちゃくちゃ大きい企業だと思う気持ちが半分で、富士通にはとっても感謝してます。

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東大で得た教訓。失敗は進歩である。

 

ー学部と院ではなんの勉強をしていらっしゃいましたか。

学部は東京理科大学工学部第一部建築学科で、意匠設計をしていました。4年生の時は歴史系の研究室で熱海に20回ほど通って戦前から2000年過ぎの頃まで街区や街並みの歴史変遷を調査して卒論を書きました。実は僕の卒論、熱海市立図書館に置いてくださったりしてます笑。

大学院は東京大学大学院で人間環境学を専攻していました。そこの研究室は企業との共同開発をしていて、その中にもっとITを取り入れて便利にしよう、効率化しよう、といった研究をしていました。

僕がやっていた研究はどれだけ早く歴史の研究ができるかということをしていました。平賀譲という方がいて、この人は軍艦設計をしていて資料が60万点ほどある。この歴史研究をする研究者の方はいるんだけど、やはり人手が足らなくて全然進まない。原因としては、歴史を研究するに前提としてミクロなレベルでの知識インプットが必須。それと平賀さんの資料の量が膨大。当時の資料は草書で書かれていたりして学部生はそもそも読めなかったりします。資料の書き下し文は先輩や研究者の方がつけてくださったものがあったのですが、どの資料から手をつければいいのか全く分からない状態だった。そのため、書き下し文からキーワードの抽出、タグ付けをするとともに、オントロジーといったツリー状の辞書データを使用する検索アルゴリズムを併用して、人間の脳のようなひらめきを検索結果として表示できるようにしていたりしました。そしてその検索結果で得られた知見をエディターで資料に追記できるようにし、研究者の皆さんの集合知をより大きくできるような全体構成としていました。

 

ー大学で建築を学んでいたのに、大学院で人間環境学を専攻されたのは…?

学部3年の時に少しだけ就職活動をしてみました。でもやばい(悪い意味で)って思ってしまった。日本にいたいと僕は思っているんだけど、日本の土地は狭くて平野部にはほとんど建築が立っちゃってる。でかい建築物、体育館、美術館、博物館を会社や設計事務所が作りたいですって言ってももう土地がない。やるとしてもイノベーションとか、内装をちょっと変えるくらいで、取り壊してまで作る、ということがなかなかない。そして、建築って1件あたりの建設に要する時間がアプリ制作の比じゃないくらい、長い時間がかかる。そうすると自分が生きてる間に関われる案件はいったい幾つになっちゃうんだろうって思いました。

でもプログラミングだったらいつでもどこでも作れるし、2,3ヶ月集中して取り組めばそれなりのものを作れるし。僕は日本にいたいから。日本にいるなら本業は建築よりも情報が良さそう、と当時は考えました。そして当然だけど情報産業はこれから発展する可能性がまだまだ大きい、と考えたのも理由の一つです。

 

ー東大の大学院を選ばれたのはどうしてですか?

僕はまず生活の拠点を日本にしたいと思っていた。なぜなら、日本が好きだから。それで日本で一番と言われる場所をのぞいて見たかった。でも学部では建築をやっていたのもあって、プログラミングやソフトウェアに関する知識は入学当初、本当にかわいいレベルだった。周りはすごい人達だらけで、もちろんばりばりコードを書いてきました、当然地頭もめちゃめちゃいいみたいな。加えて、入った研究室の教授にはかなり厳しく指導してもらった。顔合わせる度に卒業させられないって言われちゃうとか笑。入学1週間経たずに入るとこ間違えたかな、と。でもその厳しさが自分の糧となり、今の自分がいるので今となっては感謝しています。

 

最後の修論提出が終わった後、家に帰って飲んだ、ただの水が信じられないくらい美味しかった。光に透かすと虹色に光って見えるんですよ笑。今になって思いますが、誰かに厳しい態度を取り続ける方も大変だっただろうなと思います。なぜなら厳しい態度を取る側も単純に疲れるしストレスも絶対溜まりますから。毎週進捗をチェックされるから、毎日を必死に生きていましたね。

今を動かす原動力とこれからの野望

 

ーどんなモチベーションで今の仕事をしていらっしゃいますか。

一番のモチベーションは、プレイした人が笑顔になってポジティブフィードバックをしてくれることですね。こんな体験初めてした!って言ってくれたり、プレイ後にほぼ100%笑顔になってくださる。かめはめ波打てるのやばい!、とか。あとプレイする方々にそれぞれの世代に応じて、え、あの漫画やアニメ、ゲームの世界に入れるの?!って言ってくれたりとか。すごくモチベーションが上がります。だから同時に実施しているイベントが2,3箇所あったとしても、できれば全部現地に行きたい笑。

 

ーこれから先の人生で成し遂げたいことはなんでしょう?

特に今は採用人事に力を入れており、ヘッドハンティングのようなこともしていて、そしてAR業界、クリエイティブコミュニティ全体を盛り上げる活動に注力し始めています。AR業界のBtoCビジネスに取り組んでいるサービス会社で回り始めている会社は本当に数少ないです。特に体を動かしてプレイするサービスとなると世界中を見渡してもほとんどいない。それがすごく切なくて、変な意味でガラパゴス化しちゃいかねないので、同じ業界で切磋琢磨できる人・会社をイベント等で出会えないかと探したり、学生さんにもこういう面白い業界があるんだよ!と興味を持っていただけるように活動したり。

とにかくテクノスポーツを世界全体に届けたい。2月頭にロサンゼルスのメディア、VRScoutさんに取り上げて頂いて、バズっています。世界中から数百件以上の問い合わせがきており、セールスチームがうれしい悲鳴を上げています。第5期が始まったばかりなのに、今年の売上目標半分強の目処が立ち始めています。世界中に届けたいテクノスポーツの1つめがHADO。

あと僕がこの会社にどれくらい尽くせるか。創業者って立ち位置として結構難しくて、どんどん仕事が細分化されて明確になっていくんだよね。そうするとその道のスペシャリスト呼べばいいじゃんってなる。だから僕のやるべきこととしては、meleapって会社の文化づくり、チーム作りです。例えば、デスマーチを発生しないようにしよう!と。デスマーチが発生するとバグが次々と発生したり、人間関係がおかしくなったり、健康を害する人が出たり。そして、いい人は辞めてしまうことになったりする。そうならないようなチーム体制を作りたい。

 

ー最後に学生に向けてメッセージを。

いろんな業界でインターンさせてもらうのが良いと思います。業界によっては、好きだと思っていたけども、実際会社の中に入れてもらって実務を目にすると自分にはあまり合わないなと感じることもあると思います。そういうのって一度その業界の会社に入ってみないとわからない。話を聞くだけだと、どうしてもその人のポジショントークを聞くことになる。その人自身が所属する会社や業界のいい話が中心になるし、わるい話もその人観点になる。だからインターンをして、自分自身の目で見定めてみると良いです。

 

ー大変貴重なお話をありがとうございました!

 

 

毎日が殴り合い?!東大卒弁護士・望月さんに迫る!

 

大学を6年かけて卒業、法学部の教室に初めて入ったのは三年の二月、卒業後もフリーター生活。このような異色の経歴を持つ望月さん。ユニークな大学生活を送られた望月さんは「始めることを恐れないこと、始めたことをやめることを恐れないこと」と言う。自身の大学生活、そして弁護士としてのキャリアから学生へのメッセージまで話を伺った。

 

 

 

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  1. お名前:望月宣武(もちづきひろむ)さん
  2. 年齢:39歳
  3. 経歴:静岡県出身。東京大学法学部在学中はヨット部と「ぼらんたす」サークルを中心とした障害者福祉のボランティア活動に夢中になる。大学を6年かけて卒業、フリーター生活を経て弁護士になるために北海道大学大学院に入学。2006年に司法試験に合格。札幌市の大手法律事務所に就職するが、当時の先輩弁護士の言葉をきっかけに2009年に独立し、東京で日本羅針盤法律事務所をひらく。現在東京オリンピック・セーリング競技にも携わる。

 

仕事は主に喧嘩?!

 

ー望月さんは日本羅針盤弁護士事務所代表を勤めていらっしゃいますが、具体的にはどのようなことをされているのですか?

私がやっている弁護士としての業務内容は主には喧嘩

個人であれ、法務であれ、基本喧嘩ですね。毎日が殴り合い

交渉も要するに法律を使った合理的な脅迫行為であって、例えば、「あなたが私の要求を聞かないのであれば私はあなたを裁判所に連れて行きますよ、行きたくなかったら私の要求を飲んでください、裁判だったらあなたの言い分は通らないと思いますよ」と。勝てる裁判なら強気に、裁判になったら厳しいなと思ったら「おたがい裁判になりたくないですよね、だからこの辺で手を打ちませんか」という交渉の仕方になる。上からいく場合もあれば平身低頭路線もあり交渉の仕方は様々で、正解はないのでいろんなやり方がありますね。

 

ー合理的な脅迫、ですか…

脅迫といっても語気強く鋭く迫るわけではなく、裁判の回避を促すことです。裁判を回避したい時の動機としては、「裁判になったら不利な判決となる可能性が高い」または「時間と費用のコストをかけたくない」の二つがあるので、どちらかに訴えかけるんですね。だいたいこの二つがポイントですね。

 

ーそうした喧嘩の中で、弁護士としてのやりがいはできるだけ良い結果を依頼者にもたらすことですか?

そこにやりがいはないです。

この仕事って人の人生かかっているので。面白いとかゲーム的な感覚よりもそうやって自分のとこに相談に来た時には人生の一大局面で、人生の終わりみたいな顔をしてくる人が、解決策を見つけて次の人生を歩めることのお手伝いができたということがやりがいであり、この仕事をしている上での重要な動機です。

企業の相談においても、僕がやるのは基本的に日常的な書類のチェックというよりは企業としての存亡をかけたものが多くて、結果によっては企業が潰れますとか会社が潰れちゃうこともあるわけですけど、それでもその従業員一人一人の次の人生を考えてあげたり、会社畳んだからって人生終わるわけではないので経営トップの人の次の人生のお手伝いをしてあげたり。

個人であれ企業であれ大概誰かの人生かかっているのでそこは重たいですけど、弁護士にしかできないことでもあり、やりがいですね。

 

弁護士はツール、実はなんでもよかった

 

ーそうした大志を抱き弁護士を志したことには何かきっかけはありますか?

もともとね、高校生の時に自分の尊敬していた人が亡くなって、自分の地位や名誉とかお金のために頑張ったって、死ねば終わりじゃんっていう意識が芽生えて。

「自分が生きていた証って社会や人のために役立った方が残るからそういう人生を歩みたいな」って思って、大学でもそういう思いを持って過ごしてきました。

まあそんな崇高な理念を掲げていましたけど、大学卒業に6年かかるくらいでしたしたくさん遊んでいましたし卒業後もよくいうと「フリーランス」、悪くいうと「フリーター」みたいな生活をしていました。

ここらで資格でも取ってしっかりと腰を据えないと社会にとってなんの価値もないような人になりかねないぞという危機感を24〜25歳の時に持って、そこから真面目に勉強しようかなと思い大学院に入りました。

 

ー人のために役立つ仕事って弁護士以外にもたくさんあると思うんですがなぜ弁護士を選ばれたのですか?

そう、別に弁護士でなくてもよかったんですよ。今でも別に弁護士にこだわるつもりはなくて、人のため、社会のために役立つのであればなんだっていいんだけど。たまたま自分が法学部を卒業していて、手っ取り早く人の役に立てるなと思い、とりあえず弁護士資格は取っておこうと思ってとりました。だから弁護士っていうのはあくまでツールです。

ただまあ、弁護士っていうのは日本では他人の権利を代理して主張できるっていう非常に広い権限を持っている。そういう意味では手っ取り早いですよね、自分の権利を主張できなくて困っている人の代弁者となってその人の権利や人権を守れるわけですから。

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